現代のミクロ経済学の柱は、価格理論とゲーム理論という2つの柱で構成されているんだ。一般には一つ目の価格理論についてがミクロ経済学の基礎であるから、今回はこちらに焦点を絞って価格理論の概要を紹介していくよ。
くま所長ー!大学で「ミクロ経済学」っていうのを聞いたんだけど、どんな内容なの?
よし。じゃあ今日はミクロ経済学について解説していくね。まずは、ミクロ経済学がどんな学問なのかを見ておこうか。
ミクロ経済学の定義はこのようになっているよ。
ミクロ経済学というのは、個人や企業を取り巻く社会現象について、それらの振る舞いや相互作用を分析をする学問である
ハルヴァリアン 「ミクロ経済分析」
えっと、社会現象ってどんな範囲のことなの?
この説明の中にある社会現象というのは、何かを売る、買う、働く、病院に行く、投資をする、保険に入る。
また、大学に行くか行かないか、採用をどうするか、販売量をどの程度にするか、車の生産が環境に与える影響は、どの場所にお店をオープンするか、消費税は個人や企業にとってどのような影響があるかなどなど、、、
ミクロ経済学で扱う現象は多岐にわたるんだ。
これらを読んでみて何かイメージができたものや、気になった現象はあったかな?このような社会の現象を経済学的に分析するために、社会現象に関するモデルを作ることから始めよう!
モデルの作成
モデル化とは、現実を単純化するという意味。重要な部分に焦点を絞ることで現実の経済の本質を見極めることができるようになるんだ。
ここでは例として、アパートの部屋価格がどのようにして決まるのか、を考えてみよう。大学で経済学を学び始めたけど、現実の社会現象から離れているように感じた、、、という人もこの例でぜひその結びつきを感じ取ってみて欲しいな。また、例を説明しながら、重要な考え方と、関連するテーマを一緒に紹介していくから、気になったらそのキーワードで調べてみてね。
例 アパートの部屋価格はどのようにして決まるのか?
さて、社会現象を単純化するといってもどこから始めれば良いのだろうか?
経済学では、何らかの価格が存在するものには、常にその価格を決定する市場という社会システムが存在していると考えるんだ。だからまずは、アパートの部屋価格を決めるアパート市場を単純化してみようか。
ここでは、一つの駅を中心にして発展している中規模の都市におけるアパートの市場としてみよう。また、駅にほど近いアパートAと、駅には自転車で向かう必要のあるアパートBの2つがあると仮定してみる。この駅に近いアパートAの価格を考えてみると、アパートの部屋数や築年数などの条件が同じなら、人々はまずアパートAを借りたがって、それはまずアパートBの価格よりも高くなるはずだよね。
このような人や価格の基本的な行動(の想定)は、次の2つの原理に基づいているんだ。
最適化原理:人々は実行可能な範囲の中から、最も望ましいパターンの消費を選ぶ
均衡原理:財の価格は需要量と供給量が等しくなるまで調整される
ハルヴァリアン 「入門ミクロ経済学 第9版」
- 1つ目の最適化原理のことは、「合理的」な個人、や「合理性」の仮定などとも言われるもので、「意思決定理論」として研究されているよ。この原理から経済学に関する様々なことが導けるんだ。一方で、人の能力の限界から考えることのできる範囲も無限ではないので、その合理性の限界についてが「不完全情報」として研究されているよ。また、完全に合理的ではなく、社会的な望ましさなども考慮した研究が「行動経済学」として研究されているよ。
- 2つ目の均衡原理は、物の値段は、長い目で見れば売られる数が買われる数と(大体)同じになるような価格になる、ということを言っているよ。このような価格のことを均衡価格と言うんだ。ただ、この原理はどの時点でも成立しているというわけでなく、ある時には売る人の方が多かったり、ということも起こる。この調整がどのように、どのくらいの時間で行われるかは、「一般均衡理論」や「不均衡動学」として研究されているよ。
これら2つの原理を頭に入れて、まずはアパートの借り手たちにインタビューをして、借りるアパートの数と支払い価格の関係を考えてみよう。
需要のモデル化
こんにちは!駅に近いアパートに住むならご予算はどのくらいですか?
うーん、10万円くらいだね。
私は8万円までで考えているの。
僕は5万円以下かな。
図1 アパートの需要曲線
この図の見方は、アパートの市場での価格が5万円なら、留保価格が5万円以上の人数こそその価格で借りたいアパートの数の合計を表している。これをアパートの需要量といって、上記のように価格に需要量を対応させた曲線を需要曲線というよ。(カクカクしても需要曲線とは言えるけど、以下のように上の図(のそれぞれの直線部分の一番上の点)をなめらかにつなげたものを今後は使っていくよ。)
図2 なめらかな需要曲線
供給のモデル化
一方で、供給する側を考えてみよう。ここでは、売り手は可能なかぎり高い値段で貸し出したく(仲良しだから安く売るとかはなく!)、また多くの家主がいることを想定してみるよ。このような状況を(完全)競争市場という。ここでは、駅からの距離に焦点を当てたいので、それ以外のアパートの条件は同じとすると、同じサービスには同じ価格が付くはずだね。また、アパートの増築は時間がかかるため短期的には供給量は一定になると考えようか。
図3 アパートの供給関数
図のように、垂直な供給曲線が描かれたね。
それでは需要と供給を関連づけてみよう。そのためには2つの図を重ね合わせてあげればいいんだ。
図4 需要曲線と供給曲線
価格のモデル化
均衡原理に従って、下の図のように需要と供給が等しくなる家賃をpとすると、これがアパートの均衡価格になるんだ。よって、借り手が売り手へ支払う金額はこのpの金額となり、留保価格がp以上の人は駅に近い家を借りることができるということになるね。
図5 均衡価格
一方、留保価格がpより低い人は予算が足りなかったために借りることはできないが、予算以上に支払うこともない。売り手も売ることのできる上限金額で売ることが出来ている。だから、この均衡では、全ての人の希望が実現しており、全員が納得する結果になっていると言えるね。
ここまでは簡単だったかな?これで社会現象をモデル化することができたね。
うん、それぞれの価格での需要数、つまり買いたい人の数を表したのが需要曲線で、その反対が供給曲線。それらの量が等しくなる価格が均衡価格、ということだね。
その通り!
また、このように経済学で分析の対象になる人々や企業のことを経済主体、取引されるものやサービスを財と呼ぶよ。
このモデル化で、経済主体の財に対する振る舞いや、需要側と供給側の間の相互作用としての均衡価格がわかったね。
次はこのモデルを使って、社会の状況が変化した時に、均衡価格がどう動くかをみてみよう。
比較静学
市場の状況が変化した時、価格はどのように変化するかがわかれば、将来の予想を立てることや、その現象の経済への影響を調べることができるね。そのような分析を比較静学というよ。
比較静学の定義はこのようになっているよ。
比較静学:与えられた条件が変化したときに均衡価格、均衡取引量がどのように変化するかという研究
ハルヴァリアン 「ミクロ経済学入門 第9版」
それでは、状況変化の例をいくつか見て、経済学の考え方に慣れてみよう!
アパートの売り手の数が増えた場合
この時は、アパートの「供給量」が増加するね。ただ、供給価格が等しいという条件は変わらないので、供給曲線を右へ動かすことなる。図を見ると、均衡価格が下がり、価格が安くなったので今まで購入できなかった人が新しく買えるようになった。
図6 供給の増加
大型マンションの建設がされた場合
最近は駅前に大型のマンションが建築されている街も多いね。いくつかのアパートを取り壊して、新しくマンションが建築された時、アパート価格はどうなるかな?
うーん、アパートの数は減るから、均衡価格は上がると思うな
そうだね。確かにアパートの数は減るから、価格を上げる方向の影響はある。ただ、アパートを借りている人のうちの一定人数は、新しいマンションに住み始めるだろうから、アパートの需要も減少するんだ。
例えば、マンションの建築に伴い解体される場所に住んでいた人は、新しいマンションにも継続して住むことができるケースがある。その場合、少なくとも減少したアパートの供給と同じだけ、アパートの需要も減るので、結果として均衡価格は変わらないことになるんだ。
図7 マンション建設の影響
アパートの供給の減少量よりも、アパートからマンションへ移り住む人の量が多ければ、結果として均衡価格はむしろ下がることも、ここからわかるね。
それでは、次に独占や規制といったこれまでとは異なる経済システムを見ていこう。
様々な配分の方法
さて、ここからは先ほどの競争市場とはことなる社会状況を考えてみよう。すると、アパートを誰が利用するか、つまり配分が異なってくることを見てみよう。
配分(分配):利用可能な財を誰がどのくらい利用するのか
競争市場は一つのアパートの配分の方法だが、それ以外にもいくつかの配分方法が存在する。
価格差別的独占者
もしも全てのアパートの売主が一人の大地主さんのみだったら、どんなふうに値段をつけるだろう?
みんなに同じ価格で売る必要がないのなら、その人が買えるギリギリの価格で売るかなあ
そうだね、アパートを順番にオークションにかけていくように、まずは10万円、次は8万円、次は5万円という感じで売ることで、地主さんは一番儲けることができるんだ。。
このように一人の人が市場を支配することを独占といって、特にこの場合のように、価格を変化させて販売ができる独占者を価格差別的独占者というよ。
純粋独占者
次に、もし貸出価格が公開されてしまうなどで、一人一人に異なる価格で売ることが難しい場合は、どうなるかな?
そしたら、最初と同じように垂直な供給曲線になるから、最初と同じじゃないかな?
確かに垂直な供給曲線だね。だけど、今回はどのくらい供給するかも地主さんが決めることができるんだ。だから、利益が最も出るような価格で供給すると考えよう。
図8 純粋独占者
図の斜線部の面積が売主の利益となる。これが最大になるように供給数が決まるので、完全競争や価格差別的独占者の時よりも少ない人しか駅の近くには住めないことになってしまうね。こうして、純粋独占者のいる場合については供給量が減ってしまう問題があり、独占禁止法などに繋がっているよ。このような市場は「独占・寡占市場」のテーマで研究されており、競争市場と同じくらい幅広くみることのできる市場の形態でもあるんだ。(寡占とは少数の供給者のみが存在する市場のこと)
価格規制
3つ目に、一旦大地主の設定は忘れて、価格の規制について見ておこう。
住宅の価格規制は、高すぎる家賃では低所得層が街に住めなくなってしまうことを防ぎ、街を安定化させる目的で行われることがある。日本でも過去行われており、現在もアメリカなど多くの国で実施されている。また日本で現在も続く規制としては、鉄道価格や電気料金などの主に必需サービスがある。これらは低所得層も利用可能なように、規制が続いているんだ。
この規制の狙いとしては、市場に任せた均衡価格だと値段が高すぎる、ということなので、図のように均衡価格よりも低い値段p*で価格の上限が規制されるとしよう。しかし、供給数を変えることはできないので、供給曲線は変わらない。また、需要曲線も変化しない。結果として、需要の方が多い超過需要の状態が発生してしまうんだ。
図9 価格規制と超過需要
4 パレート効率性
ここまで4つの経済システムがあったけど、これらはどれも実現可能なアパートの配分方法になっていたね。
4つの経済システム
- 競争市場
- 価格差別的独占者
- 純粋独占者
- 価格規制
それぞれ買い手が支払う価格や住める人が異なってくるけど、一体どの方法が最も社会にとって望ましいと思う?
うーん、わかんない。そもそも、社会にとって望ましいってどう決めるの?
そうだね、まず配分の望ましさの尺度を定義しよう。
パレート改善:誰も状況を悪化させずに、誰かの状況を改善できるとき、その配分はパレート改善という。
パレート効率:ある配分が、別のパレート改善するような配分を持たないとき、それはパレート効率という。パレート効率な配分は社会にとって望ましい配分である。
ハルヴァリアン 「入門ミクロ経済学 第9版」
パレート効率ではない配分が社会にとって望ましくないことはわかるかな。誰も損をせずに、得する人がいればその方が誰にとってもいいはずだね。だから、改善の余地があるような配分は望ましくない、となる。さて、この定義を使って、4つのシステムを見てみると、どれがパレート効率だろう。
パレート効率性のチェック
まず、競争市場と価格差別的独占者の場合、パレート改善な配分を考えてみると、そのような配分はないことがわかる。これらの時、配分はパレート効率である。
一方、純粋独占者の場合を考えてみよう。この時、もし空いている部屋については異なる価格になってもいいとなれば、0円より高い金額で空き部屋を貸すことで供給者の利益は増え、また需要者も部屋を借りることができるので状況の改善が可能だね。この改善された配分がパレート改善となる。つまり、パレート効率ではなく、社会的に望ましいシステムではないことがわかるね。
最後に、価格規制の場合もパレート効率ではない。この時、たまたま留保価格は均衡価格より低いのに駅に近い家を借りることができた人は、駅から遠いアパートに住んでいて、かつ均衡価格より留保価格が高い人と相談して、納得する金額と引き換えに部屋を交換できる可能性があるね。そうすれば、両者とも得し、誰も損はしていないので、パレート改善が可能であることがわかる。つまり、価格規制も社会的には望ましくない政策だとわかるんだ。
公平性について
でも価格差別的独占者の時は、競争の時と比べて借りる人はとても高い値段を払っているのに、それも望ましいっていうのはちょっと違うんじゃないの?
そうだね、この点は初めてミクロ経済学を習う人には疑問だろうけど、その回答は結構学習を進めてから現れる概念になるから先に紹介しておくね。
それは効率性と並ぶ、望ましさのもう一つの尺度である「公平さ」というものになる。つまり、貸し手ばかりが得をしている不公平さが問題になっているということ。
今回紹介した定義のみでは測ることができないけど、一般には効率性と公平性の二つを併せ持つシステムが最も望ましいと考えることができるよ。これを「公正な」配分と言って、誰にとっても最適で、誰も他の人を羨ましい、不公平とも思わないような配分こそ、社会が目指すべき姿だと言えるね。
また、仮に効率的ではなくても、公平性を優先した結果が、価格規制が実際に行われている背景であることも言えるね。この点については、「厚生経済学」というテーマで研究されているよ。
まとめ
ここまでで、市場をモデル化し、価格がどのように決まり、環境の変化に対して均衡価格がどう変化し、そして望ましい配分の考え方がわかったかな?
こういった手法や考え方を主に用いて、さまざまな市場の分析や、望ましい税金・規制といった政策を考えることがミクロ経済学の目標となっている。
また、これらを用いることで、マンション建設の例で見たように、外部の環境が変化したときの影響を調べることができれば、将来への予測も立てることができるので、企業や公的政策の運営に役立てることができるね。
今回はミクロ経済学の柱の1つである価格理論から、主な手法と考え方、その目指す先についてお話ししたけど、どうだったかな!
くま所長ー!もっと教えてほしいテーマがたくさんありました!
よし、それじゃあどのテーマから話そうかな!
キーワード一覧
- 最適化原理:人々は実行可能な範囲の中から、最も望ましいパターンの消費を選ぶ
- 均衡原理:財の価格は需要量と供給量が等しくなるまで調整される
- 留保価格:その商品(財)を購入することとしないことがちょうど同じ程度(無差別)になる価格のこと
- 経済主体:経済学で分析の対象になる人々や企業のこと
- 財:需要や供給されるものやサービス
- 需要(供給)量:ある価格以上(以下)で購入(販売)される財の量
- 需要(供給)曲線:価格に需要量(供給)を対応させた曲線
- 均衡価格:需要量と供給量が等しくなる価格
- 比較静学:与えられた条件が変化したときに均衡価格、均衡取引量がどのように変化するかという研究
- 配分(分配):利用可能な財を誰がどのくらい利用するのか
- パレート改善:誰も状況を悪化させずに、誰かの状況を改善できる配分
- パレート効率:ある配分が、別のパレート改善するような配分を持たないとき。パレート効率な配分は社会にとって望ましい配分である。
- 公正な配分:効率性と公平性の二つを併せ持つ配分
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