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需要の価格弾力性(price elasticity of demand) – $\epsilon$
需要の価格弾力性とは、ある財やサービスの消費の変化を、その価格の変化に関連づけた指標のこと。数式的には、
需要の価格弾力性 = 需要される量の変化率/ 価格の変化率
となる。変化率は通常、変化前の値を基準とする。この指標の意味は、価格が1%変化した時に、何%需要が変化するかということである。
また、供給についての場合は、供給の価格弾力性と呼ぶ。価格弾力性は価格が動いた時に、需要や供給がどのように動くかを理解するために経済学において用いられる。
需要の価格弾力性
需要と価格の変化の動きを見てみると、少しの価格変化に対して大きく消費量が変化する財があることがわかります。例えば、クッキーや高級品、車、コーヒーなどがそうです。反対に、価格が変化してもあまり消費量が変化しない財もあります。ガソリンや牛乳、iphoneなどがそうです。
前者のような財を弾力がある(elastic)といい、後者のような財は弾力がない(inelastic)といいます。(弾力性)
弾力性は経済学においてはある財の経済変数が、別の経済変数による影響をどの程度受けるのか、を測る極めて重要な指標です。単位による影響を避けるため、計算時には変化量ではなく、変化率を用います。
例題1
地元の食料品店がクッキーを販売している。価格を1品目あたり450円から390円に引き下げると、販売数量は1週間あたり210から250に増加した。 (1)この財の価格の変化率は何になるか? (2)この財の数量の変化率は何になるか? (3)需要の価格弾力性はいくつか?(負の数字で答える)
回答
(1)元の価格をP1、新しい価格をP2とすると、変化量を元の価格で割るので、以下となる。
$$価格の変化率=(P2-P1)/P1 *100 = -13.33(%)$$
(2)同様に、元の販売量をQ1、新しい販売量をQ2とすると、$需要量の変化率=(Q2-Q1)/Q1 *100 = 19.04(%)$
(3)需要の価格弾力性= 需要量の変化率/ 価格の変化率 = -1.43
弾力性についての問題を解くためのポイントは,分母と分子を間違えないことです。
通常、〇〇の△△弾力性という場合、△△の変化率に対する〇〇の変化率を意味します。他にも、需要の所得弾力性という場合には、所得の変化率に対する需要の変化率、つまり所得の変化1%あたりの需要の変化率を見る、ということになります。
弾力性に影響する要素について
1 代替財(alternative)の有無
コーヒーのように消費者にとって代替品がある場合、コーヒーの価格が上がればお茶を代わりに買おうといった行動変化を引き起こすため、価格の上昇に対して需要が落ち込みやすくなる、つまり弾力的になります。逆にガソリンのように代替できる財があまりなく、値段が上がってもドライバーや飛行機会社、運送会社のように継続的に購入する必要のある財は非弾力的となります。
2 緊急性の有無
冷蔵庫のように購入に際して緊急性のない財は、値段が少しでも安い時に買おうと考えるため、価格の変化に敏感であり、弾力性が高くなります。一方、米や味噌、プリンターのインクのように、定期的にその財の購入が必要な財は非弾力的になります。また、弾力性が高く、緊急性のない財は消費税や値段に引き上げに敏感なため、値上げ前の駆け込み需要とその後の需要の落ち込みが発生しやすい傾向にあります。(実際の例の2つ目、3つ目を参照)
3 特別性の有無
その財がブランド名などにより特別である財は、非弾力的になります。例えば、iPhoneのロイヤルユーザーはたとえiphoneが値上げしても、Google Pixelではなくiphoneを継続するでしょう。(実際の例)
このような例は高級品に多いです。また、消費者が何らかの理由でその財の消費を継続する傾向にある場合も非弾力的になります。例えば、通信会社との契約や、iphoneユーザーにとってのmac book、友人とやり取りをしているSNSなどが当てはまります。(なお、このように消費者がある製品の利用を継続される効果をロックイン効果と言います。)
数式的な表現
弾力性は記号を使うと $\epsilon$で表される。qを変化前の需要量、pを変化前の価格、$\Delta q$と$\Delta p$をそれぞれ需要量、価格の変化量とすると、
$$\epsilon = \frac{\Delta q / q}{\Delta p/p}$$
となる。$\epsilon$はマイナスの値を取るが、弾力性という場合には絶対値をとり0-$\infty$の範囲で考える。
弾力性と需要
もしある財の弾力性の絶対値が1よりも大きい場合、それは弾力的な需要(elastic demand)を持つ、と言います。逆に、1より小さい場合には、非弾力な需要(inelastic demand)を持つといいます。
弾力性の種類 | ||
---|---|---|
需要の価格弾力性の絶対値: | 名称: | 意味: |
$ 1< |\epsilon| $ | 弾力的 | 価格の変化が大きな需要の変化をもたらす |
$ 0< |\epsilon| < 1$ | 非弾力的 | 価格の変化はあまり変化をもたらさない |
例題2
店がりんごを販売している。価格が199円から187円に6%引き下がった時、販売数量は20%増加した。 (1)需要の価格弾力性の絶対値はいくつか? (2)この財は弾力的か?非弾力的か?
回答
(1) $0.20/0.06 = 3.33$
(2) 非常に弾力的と言える。
実際の応用例
弾力性のランキング
実際の弾力性のデータを見てみましょう。こちらの記事で以下のように紹介されています。
より厳密に価格上昇への反応度を調べてみた。経済学では、その反応度のことを「需要に対する価格弾力性(以下、弾力性)」という。1%の価格上昇に反応して変化する消費数量の変化率である。それを2022年1~6月にかけて簡便法で計算して、マイナスの反応が大きい順にランキング表をつくってみた。すると、食料品以外では、教養娯楽用耐久財、住宅設備材料、書籍・印刷物、家事雑貨などの消費数量減少が目立っていた。
食料品の中で最も価格感応度が高いのは、大豆加工品(豆腐、油揚げ)であった。次いで、加工肉、調味料、穀類が挙げられた。食料品の中で首位の豆腐や油揚げは、長く値上げがされてこなかった品目であるだけに、ここにきて大豆価格が上がったことが、今まで安値を愛好してきた消費者に大きなショックを与えて、購入を手控えさせたと考えられる。
株式会社第一生命経済研究所 「値上げによる消費のコスト効果」 2022.08.23
このように、娯楽品のように購入タイミングが限られるものほど弾力性は高くなり、食料品に代表される日用品はより弾力性が低くなる傾向にあることがデータからも見てとれますね。
販売数変化と弾力性
こちらのタイヤ販売についての記事を見てみましょう。
2022年上半期のタイヤ数量は前年同期比14%増と好調だった。タイヤメーカーが出荷価格を引き上げたことで、直前に特需が発生し、その後に反動減となったものの、前年実績は上回っている。出荷価格の引き上げに伴い、店頭の平均価格は前年と比べて5%上昇し9803円、インターネットでは5%上昇し8039円となった。この結果、タイヤ販売の総額では店頭が同13%増、インターネットが22%増とともに2ケタ成長となった。
Yahoo Japan ニュース 「タイヤ販売数量14%増、値上げ前の駆け込み需要で」 2022/8/7
黄色でマークした部分は、前述の「弾力性に影響する要素について」で解説した緊急性がない財、ということを意味しています。出荷価格の引き上げに強く反応していることから、タイヤは弾力的な財であることが考えられます。
政策への応用例
内閣府の消費税引き上げにおける軽減税率制度の意義についてのこちらの分析を見てみよう。ここでは消費税の引き上げによる駆け込み需要が諸外国に比べて日本が大きい理由を弾力性をもとに分析している。
日本において消費税による落ち込みが大きくなる可能性の一つには、価格弾力性(価格が変化した際の需要(消費シェア)の変化9)の違いも考えられる。(中略)特に、日本では非耐久財における価格弾力性が相対的に高くなっている。上記でみたように消費税率引上げ時には非耐久財の減少が日本では大きかったが、この背景には非耐久財の価格変化に対し日本はより敏感に反応する傾向があった可能性がある。
内閣府 日本経済2018-2019 > 目次 > 第2章 > 第3節 価格変動と消費行動 >第2章 家計部門の構造変化
その分析をもとに、軽減税率を食料品などの非耐久財に実施することは、駆け込み需要などを抑え、消費を標準化することに貢献するはずである、という意義付けで結論づけられていることがわかる。
また、日本では消費税率引上げ時における非耐久財の押下げ寄与が耐久財以上に大きかったことや、日本の非耐久財の価格弾力性が相対的に高く、食料等の価格変動の影響は年齢によらない可能性がある等の分析結果を踏まえると、食料等について軽減税率制度を実施することは、消費の平準化に寄与することが考えられる。
内閣府 日本経済2018-2019 > 目次 > 第2章 > 第3節 価格変動と消費行動 >第2章 家計部門の構造変化
非弾力財と継続率
ブランド内のエコシステムの設計や信頼性といった要素は継続率の高さを生み出し、そのことが財の価格弾力性の低さにつながります。
iPhoneが日本のスマートフォン市場に占めるシェアは半分近くにのぼり、極めて高い状態にある。さらに、調査回答者でユーザーの多かったiPhone、Xperia、AQUOSの3機種で継続意向を比較すると、iPhoneは「絶対に同じ端末(機種)を選ぶ」が27%と他機種と比べて多く、固定ファンを多く抱えている(図1)(中略)
iPhoneユーザーのうち、次も「絶対にiPhoneを選ぶ」人をロイヤルユーザーとすると、「データ」の「移行」が「楽」であることを多くの人があげている。また、「故障」しない信頼性、所有するiPadやMacBookと「同期」できる点も評価されている。このことから、ロイヤルユーザーはApple社製品全般のファンであり、同社のエコシステムをフルに活用している人が多いと考えられる。
日経リサーチ iPhoneロイヤルユーザーの特徴浮き彫りに 2020.05.28
参考文献
弾力性についての説明はこちら
弾力性についてのビデオはこちら
Hal R. Varian 「入門ミクロ経済学」
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